こんらん

脳内漏洩。怪我しないでね。(現在9月の記事、遡って更新中。)

dirty girlは水の中

前回の話の続き、というか、別のきっかけでふと思って、もしかしたら繋がってるかも、と考えたことがある。それは“自分を汚いものと考えること”だ。今までそこまで思ってるつもりもなかったし、私の潔癖が出る場面はどっちかっていうと“自分以外のものに触ることが汚い”という認識で動いていたはずだった。

その話を先にしておくと、私は小学生くらいからわりと頻繁に手を洗う。授業の度に手を洗う時期もあった。だって鉛筆触ってるから。鉛筆が取り立てて汚いというわけではなく、他の物触ってても結局手は洗うのだが、特に筆記具や体育でのボールや器具、靴を触った後なんかは絶対だった。しかし、ドアノブもエレベーターのボタンも普通に触るし、恋人と手を繋いだりもしていたから、なんとも中途半端な潔癖なのだが、そんな“マイルール”が密やかに行われていても、日常生活に特に支障はなかった。私自身、困っている認識もなかった。(たぶんやらない方がストレスだったのだろう。)今でも、鉛筆で何か書いたり、自分の履いてるスリッパをふと触ったりした後、その手で自分の顔や髪を触れない。ぃゃ、触れるけれど不快になる。「他の物を触った後の手は汚いから、顔や髪を触る前に手を洗わなければ。もしくはアルコール消毒。」と思ってしまう。そこまでやらんでも...と自分自身にツッコミながら、やらざるを得ない気持ち。基本的に洗った直後以外はどこも汚い前提。特に自分の身体においては。本当は、室内飼いのペットであっても触る前後は手を洗う方がいいのだが、私は猫を撫でた直後の手より、自分の髪を手櫛で梳かした後の手の方が“汚れている”気がする。

で、自分の身体が常に“汚い”という感覚でいると、他者や他人の物に触るのに抵抗感が出てくる。飲食店で働いてる時、普通に衛生管理上ではあるけれども、再々手を洗いに行けるのはよかった。レジ打ちの仕事をしていた時は、頻繁に持ち場を離れるわけにはいかないのでなかなか洗いたいと思った時に行くことはできなくて、「なんとなく汚い気がする」手で商品を触ったりおつりを渡したりすることが、少し申し訳ない気持ちだった。恋人と触れ合うのは「好きだから」という理由で、欲求がそれなりにあって行っていたはずだけど、現状からこの先を妄想すると、感情が乗っからない可能性が出てきた。やってできないことはないけれど、ときめきとか興奮とかではなく、不快感だけが残るかもしれない。「ハグはとっても嬉しいけれど、それ以上はあんまり...手とか口とか下半身とか、体の大抵が不浄に思える」というのはどうすれば覆るのだろう。今までポジティブに捉えていたものが、急にネガティブに思える時、どう対処すればいいのやら、今は全くわからない。「理解できるし理解したい」と思ってるのに「不快だし不必要」とも思うから、ちぐはぐな摩擦に苦しくなる。

「大したことじゃないよ」とか「そのうちまた気持ち変わるよ」というのは、カジュアルに貰いがちだけど、勝手で頼りにならない。別に死にゃぁしないけど、そういう場面に出くわした時、それこそ広告やドラマでそういうシーンが出てきた時、自分自身が求められた時、どうすりゃいいんだとは思う。目を瞑って走って逃げるのは、現実的じゃぁ無いね。

 

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