こんらん

脳内漏洩。怪我しないでね。(現在、時遡って更新中。)

step by step その信憑性

地道という言葉が苦手な私だが、逆に意識していないけれど地味に続いていることを考えていた。面倒くさがりだけども歯は毎日磨くし、豆乳は大好きかというとそれほどでもないのだが切らさぬように買う。服に困るから洗濯をするし、アレルギーでかゆいのが常だから風呂に入る。どんなに怠惰でも、必要最低限と思えば動くし、それを毎日繰り返すことは、強い努力ではないけれど地道といえるのかもしれない。

「これだ!」というものに巡り合えた人はいい。見入ってしまうもの、自分が何かに魅入られてしまうのも、きっと奇跡なんだろう。自分で選んだものに注ぐ情熱も、誰かの何かの役に立つという志も、私は薄い。理解はしている、でもなかなか起きないんだ。私だって、唐突に風に吹かれて、未来を決断してみたい。現実は、「その程度」と言われることにも全力を尽くせない強度で同じ場所に居座っている。

光を見つけた人が、突き進んでいく背中は勇ましい。私は何度も他人様を見送った。見つけただけでも素晴らしいのに、たじろいでいない顔や勢いよく進む手足や遠くなっていく背中が、寂しく羨ましく尊くそして虚しく思った。自分を何度省みても、変わってやしない。「私にはこれしかないから」と言っている友人に、心が荒んで「嫌味かよ」と思った。その“これ”があるからいいじゃない、“これ”すらない人間から見れば、そうやって抱きしめて意地でも離さないものがあることが、どんなに憧れか。追い打ちをかけるように「あなたにはこれ以外にもなんでもあるじゃない」なんて言ってくる友人は、私の心の内をまるで知らないし、これからもきっと知らないままだ。

他の何にも干渉されない、自分だけの道があるとするならば、それはどんな姿形であれ、歩が進んでいれば、“地道に歩んでいる”と言えるのかしら。何か誰かとの比較ではない、速度やフォームの概念さえ存在しない、自分以外は侵入できない道で、地にお尻がついたままでも、寝っ転がってでも、時が進んで、自分というものがゆっくりと移動しているのならば。着実性はわからない、他人からは動いているのかさえ見えない様子を、知り得るのは自分だけ。その自分さえも欺こうと、誤魔化したりするかもしれない。派手な出来事は何も起きないけれど、何の実にもならないルーティンをやって、日々寝て起きてを繰り返していることは、何かの“地道”なのかしら。

ついに家族に一日何やってるのと聞かれたけれど、うーん、何やってるんだろうね。自分でもわかんないや。ただただ愚痴って汚れてるだけかもしれないし、いつまでも飽きない炎に見惚れてるだけかもしれない。昨今ありがちなトラブルなんて、全然ないのよ私には。

 

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