こんらん

脳内漏洩。怪我しないでね。(現在9月の記事、遡って更新中。)

任せる勢いが来ない

勢いで決めてしまうことはほどんどない。臆病で、心配症だから。だからタイミングは人並みより遅いのかもしれないけど、悩んで決めて、なんとかここまでやってきた。子供の頃から優柔不断だった。何を選ぶのも決められない。ならばもう選ばない、と決めても、忘れられず引きずることも多かった。損することもあったのかな、自分では明確にこれ!と言えないけれども、そういうところもどんくさい。

慎重だし、人も事も疑ってるはずなのに、何故か勢い“みたいに”行動して、決断や人間関係に失敗している。たまたま出る“きまぐれ”なのか、自分でもよくわからない。そういう時、心配してくれる人たちは挙って「どうしたの、らしくない」と言う。ほんと、どうしたんだろうね。考えて考えて頭から煙が出そうなくらい考えているのに、“そっちじゃない”選択をしたりする。周りがぎょっとする、熱暴走みたいなものか。

もう昔ほどの情熱はなくなったと感じる。物欲にも、人間関係にも。10年ぐらい前の物欲やばかったなー。今よりお金がないはずなのに、常日頃から欲しいものがあって、得るという行為が気軽だった。友達に対しても恋人に対しても独占欲と嫉妬心があって、すごい深読み先読みしてるのに、破壊力のある勘違いに急に勢いづけられたりしてさ。楽しい日々だけど苦しい毎日だったね。相殺されることはない。普段は慎重で平穏で小さく細やかに満たされる日々を目指しているけど、時々、誤作動のように、真面目な丁寧さやリスクヘッジを捨てて、走り出した結果失敗するという...やっぱり自分自身でも周囲の人から見ても謎多き行動をやってしまっている。

過ちの多い人生でも、長い目で見れば、いい人生経験になったはずと云えるだろう。だが逆に、その瞬間は意のままに動いて満足だったけれど、長い目で見れば、選択の失敗が長らく尾を引いていて、あの頃いい時間とは云えなくなった、ということもある。私が振り返って記憶しているのは大体後者だ。死ぬ間際になってやっと、前者のように思う日が来るのかもしれないが。

私は自分の考えすぎるところに、半ばうんざりしている。でも、それが私の個性であるとも思っている。捨て去りたいとは思わないけど、抑制したいとは思う。考えた末のとりこし苦労は多いし、大胆な行動はまるでできない。決断するまでが長いので、その間に人はどんどん離れていくのだ、待ちきれなくて。きっと、リスクを負いたくなくて慎重になっているのに、どれを選んでも結局失敗するときは失敗するっていうことに薄々気付いていて、それに落ち込みたくないからまた臆病になる、を繰り返している。だから、怖がらずに、大胆に、そこまで時間をかけずに、飛び込んでいける人は羨ましい。自分は今手にしてない、というより、一生なり得ない存在だと思う。生まれ変わったなら、もしかしたら。

「結構大胆なところあるよ」と言ってくる人もいるけど、そう見えることも結構考え込んだ結末なのだよ、たぶん。「勢い羨ましい」とは言ったけど、それを受け止める器じゃないってことなんだろうか。不思議なことに、見極められてる気がするよね。

 

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