こんらん

脳内漏洩。怪我しないでね。(現在9月の記事、遡って更新中。)

Jumble baby

すっかり寒いね。なのにテレビじゃ「まもなく冬」とか言ってる。私の秋ってたった2回の焼き芋、だったかも。「早くも年末...」それは納得。気が付いたら、今年が終わってしまう、ってのはいつもと同じだった。暇でも忙しくても、時は私の知らない所で勝手に回っている気がする。「来年は大事な年」って、周りが言ってくるけど、それも毎度のことだ。結局、本来は“人生のお休み期間”なんて存在しないってことなんだろう。求められるままには生きていない限り、私は自由でワガママで迷惑者で怠惰者だ。

ブラックフライデー」って何ぞや?と思ってこないだ調べてたの。で、私の感想「ふーん。商魂。」だった。「日本でもかなり認知されてきましたが」ってこれもニュースで言ってたけれども、そう?そうなの?私が田舎者だからあんま実感ないの?これもまた新たな“便乗”って感じだけど、いいんじゃない?そうやって、文化も人間もMixされて“おもしろい”日本が出来上がるなら。私はそういう“ナマモノ”な世界が好きだよ。

昔ほど物欲がなくなって、新たに手に入れる機会が減ったから、後で「要らんかったな...」って思うこともなくなった。良く言えば“見極めができるようになった”、悪く言えば“冒険も刺激もないつまらない人”だ。“最低限”だと思ってるものが“低水準”だとしても、自分が納得してりゃ別にいいじゃんって思うのだけど、一方で「これで本当にいいのか?」と考える自分もいて、芯のない性格がここでも害を成している。

これはもう昔からだけど、自分に何が合うのか、もそうだし、自分が何が良いと思うかもわからなくなっている。恐らく中学生くらいからもうその迷路にはまっている。中学入る前までは、他人の評価はさておき、自分に“合う”と勝手に思っているものを選んでいたし、何らかの“好き”を訊かれて迷うことはなかった。周りを囲んでいる情報も自分自身の知識が少なかったこともあって、“好き”と指させるものは少ないがこそ明確だったし、それを選べる自由もあった。(自由は...今でも自由なはずなんだけど。)いつの間にか境界が曖昧になって「それが大人になること」なんて言われて妙に傷ついて、あぁ、自分を失ったんだなぁと思いながら今に至る。今までも書いたことあるような、自分の感情や決断に何一つ自信がないこともそこから繋がっていると思う。「感情がない」だとか「感性が鈍い」だとか言われ出して最初の頃は、それなりに残念に思っていたけどそれも慣れてしまった。言われたところでそれが変わるわけじゃないし。ポジティブに考えられないならまずネガティブをやめていこうというやり方も、賛同するけど言うのは簡単って思っちゃう。無知で捻くれてるのは罪なのに、こりゃいつまでも許される日が来ないなぁ。

 

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