こんらん

脳内漏洩。怪我しないでね。

Where is your darlin' ?

元恋人の夢を見た。前半は随分と昔の記憶をなぞるようなもの、後半は妄想の“この先いつか出会ったら”という内容だった。これは“未練”なのかしら。私は、今の恋人に気遣って、未練などない、と言っているのだろうか。けれども“良き思い出”にできていないのもまた事実である。

過去の出来事は案の定美化されて、日常の些細な衝突も今思えば可愛らしいものばかり。離れるきっかけをもはやはっきり思い出せないのもやはり美化の弊害で、どんなに悔やんでる表情の自分を思い浮かべようとも、自分で考え、選択して、“恋人”を終わらせたのが変わらぬ事実としての記憶だ。勘違いはない。その後、恋人ではない形で何回か会っているが、名前を付けにくい関係でも“友人風”にそこに在った。私は別の恋人ができたり、また別れたりして、それでも存在を忘れることは決してなかった。この事態を一言でいうと、「嫌いになって別れたのではないのだから」。

元恋人と連絡が取れなくなって久しい。現実的なアクションは全くないのに、未だにその“存在”に縛られている。日常の何気ない場面でふと思い出し、今回のように度々夢に現れたり、現恋人との間でも話題に出しそうになる。怒ったり、楽しくなったりするわけではないが、途端に息が苦しくなる困った地雷だ。本当なら、感情抜きにしてコンタクトを取り続けなきゃならない事情があったのだが、約束を反故にされ、連絡は絶たれた。それ自体には怒りを感じ、恨んでもおかしくないのだが、今は何せ時間が経ちすぎた。怒りも少しはありつつ、ほとんどは心配と“もう一度会ってちゃんと話がしたい”という願望。先述の事情はできることなら解決してほしいのだが、何より生きているかどうかもわからないので、矛先を向ける宛がない。私は結局これまでの“人間性”をなんだかんだで信じていたのだ。だから突然“消える”なんて、死以外にあるのだろうかと思った。しかし、もしこれを狙っていたのだとしたら、想像以上に策士だな。特に揉めぬまま、さっと雲隠れすれば、もう恋人という肩書きがない以上追ってこれまい、ということなら、見事策通りなのだから。何年たっても、あの頃の子供のままの自分が、そうは思いたくなく首を振る。「真実を追うよりも、信じたいことをそう思い込んだ方が楽だよ」と人は言う。そう、だいぶ大人になった私だって、“忘れない”自分に何度も言い聞かせているが、今のところ効果はない。

夢の後半の元恋人は妻と子供らしき連れがいた。妄想の、あくまで背景としての登場であるが、そういう現実も考えうるな、と夢から覚めても思う。それでも、「会いたかった」と夢の中の私は言った。本心だろう。今これを書いていても、「会って、ちゃんと話して、事情を含む全てを清算して、ちゃんとサヨナラしましょう」と思っている。ただの自分の妄想に願いを込めている。馬鹿馬鹿しいかもしれないね。

 

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