こんらん

脳内漏洩。怪我しないでね。(現在9月の記事、遡って更新中。)

醒めないで、まだ

今朝、寝起きすぐにパソコン開いてメモ帳開いて、さっき見た夢を書き出した。間に合ってよかった。以前からちょこちょこメモっている夢日記。普段は布団の中で目覚めた瞬間からスマホのメモに入れてるんだけど、今回は早く出力しないと忘れちゃう!と思って急いでパソコンにかけよった。起動が早くて助かったー。それとやっぱりスワイプよりタイピングの方が早かったね。私の足元はよろよろしていたけれど。

だいたいいつも映画2本分くらいの夢を見てて、ドラマティックなやつか、悲しいか怒ってるか、あとは過去記憶だ。大昔のことを当事者としてリプレイすることもあるし、俯瞰的に昔の自分を見ていることもある。過去のリプレイ(印象)以外は、当然私の想像妄想だ。(過去記憶にも脚色がないとは言い切れない...)証明しようのない真実かどうか、はさほど誰にも重要じゃない。

今日のは主に2本、どちらもただの妄想だった。ひとつは登場人物が複数出て物語性があり、短編映画のようだった。映像として記憶しているものを文章で記録するのは、本当は不完全なのだがしょうがない。即座に絵に起こす才能もないし。落書き程度なら今までやったことあるんだけど、今回のはそれが無理そうな長回しみたいな映像だった。設定も、出てくる場所も初めて見る気がしてなかなか新鮮で思い返すと面白かったな。(私の夢では昔から何度も登場する場所、シチュエーションがいくつかあるのだ。それも実際に経験したことのないところ。たぶんね。)ある程度オチがついてそうな所まで見れたのは久々だった。もうひとつは夢と気付いて悲しかった。過去記憶の理想の続きというか、これが本音なんだろうな、と思った。後悔してなかったはずだけど、今の私は、特定の過去を“後悔するべきもの”として自身に認識させようとしてるのかもしれない。できれば、要らんこと、かなぁ。夢の中の自分がとても嬉しそうだっただけに、目が覚めて、さっきまでのことが全部現実じゃないとわかって、日記書きながら本当に本当に悲しかった。

夢が夢だとわかっていても意識して見続けることができる(時がある)。今日のだって、話中の嬉しい気持ちは自分のものなのに、私が自分の顔や服装などの外見を見ることができるあたりで、「あ、これ現実じゃない?神様目線?」って“見ている側”が気付く。それでも浸っていたい夢ならば、「もうちょっと、あとちょっと」と延長する。でもずっとは続かない。現実にも持つ“ある程度の諦め”が、私のあっちとこっちの行き来を可能にしている。つまりは普通に、眠って夢見て目覚めて、その繰り返し。

夢日記を解析したことはなくて、ただただ記録しているだけだ。昔、夢に見た情景を絵に描いて詳細を説明したら、「すごーい」とは言ってくれたけど気味悪がられた。内容も笑えないものだったしね。文章が殴り書きでまとまっていないこともあって、後で自分で見返してもなんじゃこりゃって感じなんだけど、詳しく覚えてれば覚えてるほど自分では満足。今晩はきっと水の夢を見るね。(内容は秘密。)

 

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