こんらん

脳内漏洩。怪我しないでね。(現在9月の記事、遡って更新中。)

ハサミなんかなくとも切れる糸なら

時々夢に出てくる、私の親友。車で5分くらいの所に住んでいるのに、もう何年も会っていない。親友と思っているのも私だけかもしれない(もう何度も書いてる)。夢に見るのは私の願い、なんだろうな。恐らく死ぬ前の私が「最後に...」と彼に謝っている。実際には今すぐにでもLINEででも言いたいこと言えばいい話だし、言ったところで何も効果も影響もないことなのだが。

もうほとほと呆れかえってるか、興味がなくなったんだろうな、今の状況は。では今の“関係の状態”を共有している私も同様の心境かというと、違う。申し訳なさこそあれど、呆れても飽きてもいないし、連絡を取らなくても好意は変わらない。長年いい距離感だと思っていたけれど、向こうはそうじゃなかったのかもしれない。確かめて確かになるのだったら、それなりに傷つくから、ずるいようだが今は放置している。

私の人間関係は、コロナ禍と関係なく、ずっとこんな感じなのだ。毎日連絡を取り合う熱量高い友人もいないし、家族とも毎日一緒にいたいかというとそうでもないし。恋人だからと毎日の連絡を強要されたら絶対病むし、遊びに行かないなら友達じゃないと言われたらもう友達じゃなくていいし。「相手に伝えてないけど思ってはいるよ」って正直意味ないんじゃ?とも思うけど、事実だよ。知る術はもちろんないけれど、相手も似たような感じだったらありがたいな。連絡してないけど頭の中にはあるよってことがわかったら、もうそれで。それだけでいい。この世を離れるときは、なんとかして伝わるようにするからね、と今は考えている。

自分のことを、もうこれから新たな関係を開いて構築していくのは無理なんじゃないかと思っている。新たに出会った人と、交流し仲を深め心を開いていくことが、全然想像できない。だから過去や今辛うじてある繋がりに、しがみついてるんじゃないか。もちろん嫌な思い出の当該人物は忘れ去りたいところだけれど。“継続”も“深める”ことも難しいのに、“開拓”なんてできる気がしない。今ある繋がりを大事にしたい。けれどもそれも、このままだと難しいんだろうな。私は何も努力していない。時の流れるままだ。

夢の中の私はしおらしかったけれど、現実で親友と対峙する私はいつもおしゃべりで身勝手だ。かまってちゃんと言われるのもなんか癪だし、ワガママにももう慣れっこだろうから、本当に消滅しそうな時の直前にだけ、今の気持ちを教えてあげることにしよう。それまではずっとふざけたままでいよう。あの子が私のこと「結局なんとかなる人間」と思っている間は。

 

親友 謝罪 人間関係 なんとかなるAmazonで検索