こんらん

脳内漏洩。怪我しないでね。(現在、時遡って更新中。)

君がどう傷つけたかだけ

トラウマ、といっても、私の場合はただのわがままの結果だろうか。相手ひとりに対しての思い出が、楽しかったことより哀しかったことの方が上回る。思い出せる誰でもそうだし、特に元恋人は皆そう。その人の“良いところ”が悪印象に上書きされている。自分のことを棚に上げているわけではないし、私を死なさなかったのだからそれだけで“最低な人間”は免れているだろう。それでも私は未だ“良き思い出”として見れなくて、時々こうやって望まず思い出しては、胸を締め付けられている。

皆、はじめはとても優しい。優しいから好きになった。私は「相手は私とは全く違う別の個体だ」という認識を度々忘れて盲目だった。思い通りにならないから落胆し、その傲慢さにまた落ち込んで、相手を尊重することも、自分を尊重することもできずに、宙ぶらりんだった。「合わないなぁ」と思う所があっても「合うところがあるから」と“些細なこと”は無視した。それがいい悪いではなく、個人差があることだから、と済ますことができるくらい依存度が高かったのだと思う。「笑いのツボや食の好みが合えば大丈夫」なんてどっかの誰かが言ったようなことを信じて、タイミングのズレなどは気付かなかったことにした。考えるタイミング、大人になる速度、“共有”に対する希望。生まれてしまった違和感が、大きくなったり長く続いたりというのは相手各々だけれども、とにかく、その種が育ってトラブルと呼べる姿にまでなってしまったら、私の中での“ふたり”はそれがメインになってしまった。いろいろあったはずの「合うところ」は掻き消され、「これが私たちの結果です!」と貼り出された気分だ。

何人かを私がもう忘れそうになっているのは、その人との思い出を振り返るやる気があまり起きないし、特に罪深くもない人だと思っているからだろう。良く言えば、さしてトラブルはなかった。喧嘩はしてもね、きっと平和だったし平穏だった。囚われ続けているのは、忘れたい思い出ばかりだ。「楽しかったなあの頃は。戻りたい。」なんて未練はひとつもない。まぁ時すでに遅しなのは同じだけど、「何故あの時解決できなかったのか」「どうすればあの頃の自分を幸せな気持ちにさせてあげられたか」を考えてしまう。“必要な痛み”だと、なんとなくはわかっている。でもきっとまだ、心から「過去の出来事は全て無駄じゃなかった」と思うことができていないから。苦しんでいた当時の自分が憑依するように、現在の自分の表情も途端にひきつってしまう。

何かと自分から終わらせてきて身勝手なほうだとは思うけど、ピリオドを打ったからといって、起こった事実や感じたものが消えるわけではない。気持ちのよい終わりなんて方が珍しいのかもしれない。それでも、例え圧倒的に幸せ時間が長かったとしても、笑顔の別れを迎えても、ふたりの間に生まれた闇に私は目を奪われる。長い人生のたった一滴の闇に、恐らく相手が予想もしないほど、ずっと縛られ続けている。

 

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