こんらん

脳内漏洩。怪我しないでね。(現在9月の記事、遡って更新中。)

笑わせない

暗いことしか書けないし、そうでないことはどうやって書けばいいのかわからない。テンションの伝わらない文章に見えるかもしれないが、大体は感じられたままのような気もする。爆上がり、なんていつのことだろう。興奮したとしても瞬間だから、もう覚えていない。私の実物は、制止されなければ舌が痺れるほどいつまでも喋る人で、それだけだと明るくてオープンな人柄だと思われがちだが、どうだろう。人と目を合わせられるし、親しみを持たれることもあるけれど、内側はこんなに混沌と陰キャだと、もしかして漏れ出しているのかしら。外面を特に取り繕っているつもりはないが、文章とそれ以外の側面にギャップがあると思われる。

かわいい日常日記、カップルエッセイ、日々の何気ないヒトコマ、旅の景色、いろいろ“素敵”と思うけれど、全てこことは別世界みたいだ。あの人が幸せになることも、あの子が命を育てることも、あの人たちが私を忘れて生きることも、これからも立ち入ることのできない神聖な領域のようだ。並走したい気持ちが芽生えることもあった。何の力もない私だけれど、共感して共振したい気持ちも。真似て少しでも近付けるように、「私も“素敵”の一部」だと自分で思えるように、重なるフレームの中にいるにはと考えていた。でも、違うんだ。意識すればどんどん遠くなる、大切だと思えばより距離感を覚える、不可侵の関係。いつから?いつのまに?こんなに人間苦手になったんだろう。遠くから見守るのが限界で最善か。“素敵”と同列に居ようと思うのが間違いか。同じ空気も吸えないのに、同じ息も吐けない。

文字にしてなお、私は同じことしか話せないのだなと思う。いつまでも完成しない器について、延々と言い訳をしている。色鉛筆で最初になくなる色は、大好きだからではなく、たまたま一番目に手に取ったからだ。欲しくて手に入れたわけじゃなくても、握ったそれでぐりぐり同じ丸を回し続けている。少しずつでも変化しているつもりでいると「なんも変わってない」と言われ、相変わらずはキープとも停滞ともいえるな...と考えていると「どんどん変化しているよ」と言われる。私もだいぶ勝手だけれど、他人も大層勝手なのだ。私の描いたものが、話したことがどうあれ、相手がどう受け取るか、なのだ結局は。

自分が納得しない文章を書き続けても、誰も得はしないし損もしない。だから今少しだけ継続を目標にしている。冒険しなくても傷つくことはある。売るほどの価値もない苦労をさも大きな荷物のように抱えている。自分以外の形に憧れる気持ちを捨てきれないから、自作自演も完成しない。世間から見れば、こんなにもストレス社会から解き放たれているのに、笑ってないのはむしろ滑稽かしら。

 

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