こんらん

脳内漏洩。怪我しないでね。

捨ても破れもしていないが

過去の話をスラスラ喋れるのは、(ほぼ)変えようのない事実だからだ。逆に、未来はあまりにも不安定でいかようにもなるから、私は途端に萎縮する。あまりにも、自由すぎるんだ。なんでもいいよ、どんなことでもいいよ、命ある限りいつでもいつまでも自由に描けるよ、と放り出されると、何にもできない。真っ白で、真っ黒で、何も思いつかない。適当に、適度に、思う通りにと言われると困ってしまう、いつもの“少し先の状態”と一緒だ。普通に、それなりに、それでいて自分らしく、と未来に希望を描くことは、ややこしくて仕方がない。

過去が思いを馳せた未来というのは現在でもある。小さな頃に“夢”と称したものについて思い出してみた。記憶にある最初の“なりたいもの”は「お花やさん」だったなぁ。でも花屋に行った回数もさほど多くなく、花自体もそんなに愛でた経験がないのに、なぜお花やさんなんだろう。もしかしたら私の中でお花やさんは=花を売る人ではなかったのかもしれない。どっちかっていうとガーデナー?花に囲まれてるのが単純にかわいいって思ってたのかもね。クッキー作りにハマってた時は「お菓子屋さん」、ピアノ習ってたから「ピアノ弾く人」(ピアニストって言い方たぶん知らなかった)、「お絵かき屋さん」ってのも言ってたなぁ確か。「絵描き屋」ってすごい幅広いよね。それが後に言葉を知って、「画家」ってなっていったけど。将来の夢:画家って言ってる期間が結構長かったな。別に特別な訓練とか受けてなくて、ただ絵描くのが好きってだけだけど。だんだんとそう言わなくなって、ヲタク文化に傾倒して、今度は「声優」になりたいって言い出したかな。演劇とかやってたけど、早くから自分の見た目は通用しない、華がないって思ってたから、声だけでも演技できれば嬉しいって感じだった。(もちろん声優さんは身体ごとの演技で声だけがんばるもんじゃないってこと今はわかってますけども。)あと「心理カウンセラー」っていうのもどこかからか見つけてきてた。母に臨床心理士って資格があることを聞いて少し勉強やる気になってた。その一方で不登校だったから「今こんなグダグダでも“まともな目標(夢)持ってるじゃん!”って思ってもらいたい」だけだったのかも、自分がその職業に就きたいというよりは。結果その“夢”に合わせた選択が、私を苦しめたのかもしれなくて。まぁ自分の口が言ったんだから自業自得だけどね。心理士になるなら大学行かなきゃ、そのためには進学校行かなきゃ、それには小中とちゃんと登校して勉強してなきゃ。突っ走るあまり、何かをボロボロ置き去りにしてきたのだろう。英語が、ひいては語学そのものが好きなんでしょう?哲学とか倫理が好きなんでしょう?と、他人から次々言われるとなんだか響かなくて。そりゃ好きだって言ったけども。人生は選択の連続だって、わかってるわかってはいるけれども、次の選択、次の選択、ほら早く決めて、とまるで追い立てられるように感じてた。今もきっと尾を引いているんだろうなぁ。いつのまにか“選択肢”として現れることもなくなった思いついてきた“夢”たち。どうしてそれらだったのか、もう思い出せないし、きっと思いつき方も忘れてる。

 

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