こんらん

脳内漏洩。怪我しないでね。

他のS

外に出ないから視野が狭い。だからどうしても代わり映えのないことばかり書いてしまう。私は広く開けた視界を嫌っている?否、外の世界は刺激的で面白い、好奇心も冒険心も全くないわけではない。私は外側も内側もインドア派をやめたい?否、それは自分の“ただの性質”であり、その存在を認めている。良しと思っていなくても、結果的に態度で肯定していることになる。

旅に憧れる。この目で見たことのないものを一度見てみたいと思ったりする。けれども行く気にはなれないし実際行かない。行く動機より行かない条件の方が多いのだ。可能不可能でいえば、ほとんどが可能なのだが、可能から実行への動機が弱い。言い訳という名の条件の中で、圧倒的な強者は“怠惰”である。今や私の代名詞ともなりそうな自分の構成物。外だろうが内だろうが、私の微かな能動力を抑え込むのは、自分自身の怠惰にほかならない。

強制的に身体が動かなくなれば、お金が尽きれば、野に放り出されれば、なんとかせねばと思うものだろうか。だとしてその時を待つのもどうなのか。望まないわけではないけれど、意欲はない。なるようになる現実も、為しているから成されるわけで、為さなければ何もない、何も生成されない現実だ。感動する、心が騒ぐ、感情が揺れる、で、その後。私の身体が動くとこまで、うまく出力されないんだ。

下を見ちゃいけないっていうけど、どんな世界にいても誰かと何かと比較しようと思えばいくらでもできることでしょう。自分を優位に置こうが劣位に思い込もうが、それによって自身に変化があるとはあまり思えなくて。むしろ周りから言われることの方が多い気がする。「あの人より恵まれているのだから有意義にしなさい」とか「あの人より力不足なのだからもっと頑張らないと」とか。昔から響かなかったよね。誰かと自分、何かと自分の何か、大小多少を比べて優劣や上下を語られるのは、大体話半分。加えて自分自身の過去と現在を比べても、良かったやら悪かったやら考える機会がなかったから、ろくに達成感も後悔も覚えずにやってきたのかもしれない。「一般的に、これだと悔しいでしょう?」と聞かれて、感情的にはわかっていても、実感として湧きづらい。「これは人にとって嬉しいものなんだよ」と言われて、それは知っているけど、それに自分が(もしくは相手が)当てはまるかどうかは別...って思っちゃう。

私のことを、怠惰や無気力以外で説明する言葉を知りたい。怠けた人とかじゃなく、何 と言えるんだろう。どう説明できるんだろう。評価じゃなく仕分けじゃなく、ただありのままを知りたいんだ。「あなたは人間」というように。それが、誰かが勝手につけた名前だとしても。聞いて、覆したり抗ったりもしてみたいな。

 

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