こんらん

脳内漏洩。怪我しないでね。(更新停滞中。)

からだカラダからだ

息苦しい日。今よりもっと苦しかった日の事を努めて思い出す。時々その頃の不自由を忘れて、今の自由を忘れてしまっているから。比べてまだマシとかじゃないんだけど、歳をとった分どっかでプラスがあると信じたい。一方で失われていくばかりだとわかっていても。

病院はお金がかかる。でも自己診断でも結局お金はかかる。あれこれ試そうと思ったら、結局お金は必要なのだ。対策代、必要経費、かからない体ならどんなにか楽だけど、そうなると今みたいな人格にはならなかったかもしれない。自分に愛着がなくもないが、それはそれでおもしろそうだな。体が健康だとネアカになれたかもしれない。まぁ相互作用で、ネクラだから虚弱になったのかもしれないけれど。

体調が悪いときほど、何かしたくなるのは困った癖だ。明日朝早いのに夜更かししたり、怒っているのにわざと笑ったりするのも一緒?私のはただの天邪鬼だけど。普段マシな時にやる気を出せばいいのに、しんどい状況になるほど「今これをやらねば」と思ってしまう。悪あがきなんだよね。結局コスパが悪いなら、いつも通りの怠惰を発揮すればいいのに。「もう寝れば?」と言われるときほど、明日でも全然問題ないこと始めるのは、考えてみれば小学生の時から、な気がする。

自律神経の乱れもあるだろうから、運動を勧められるんだけど、何から始めればいいのかわからない。超運動不足で運動音痴。おまけに飽き性だから何かと続かないのだけど。そういう人向けに!って出されてるものも試してみるけど、ふと気が付きゃやめてるし、そもそも試さないことも多い。初動が遅いのがデフォルト、だってだってと言ってる間にもう寝転んでる。まだギリギリ、根っこ張ってないだけマシよ。意志、弱ぁ。

私は冬のスポーツをひとつもやったことがない。友達が毎年スノボに行ってるって聞いて、リア充だなぁと思った。今世ではやりたいと思わない。丈夫な体に生まれ変わったらやってみたいなぁと思う。フィギュアスケートとか。観る分には今でも好きなんだけど。なんていうか、ここでも完全に怠惰なんだよな。自分でできないことをスポーツ選手がやってくれてるから、感情移入してそれで満足、みたいな。それは決して“経験”にはならないのに、そんな“気”になってそれで良しとしている。ちょっとずるい精神?

体調管理も仕事のうちと、嫌というほど言われてきたのに、身に付いた実感はない。甘えられるところは甘えて、過酷にやってきたことはないけれど、管理がうまくいった試しはなし。パフォーマンス重視で刹那主義でやってきたとしても、全力出しきったという経験もない。“達成しない”ことの弊害、ここにもあるのか。気持ちとしては“いつも”“ちゃんと”やってるつもりだけど、結局何か“残ってる”。

 

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