こんらん

脳内漏洩。怪我しないでね。

タイムリープはできないくせに

日常に更新がほとんどないので、昔のことをよく思い出して苦しくなる。過去になってくれてよかったことと、過去として忘れられていないこと。子供の頃の出来事はあまり思い出せないかわりに、最近のこと、ここ数年のことは、反復するように思い出してしまう。そうするつもりがなくても、今のふとした感情に、糸が、繋がっているのだ。

以前少し言っていた、許せないことを書き出して客観的に見られるように...というのはまだ全然やっていなくて、なかなか書き始められないでいる。基本が面倒くさがりなのだ。それに、それをしたからなんなのだ、という思いも正直ある。整理をつけても、気が晴れるか荒れるかは、わからない。唐突に意識を捉える穴は、もう塞がらないかもしれないのに。

何も変わらない毎日を送っているようで、少しずつ変わってはいるのだ、私も、他人も。確実に身体は衰えているし、心の中だって、昨日と今日は少し違うはずだ。時間も、一瞬たりとも同じ時はなく、だから、あの頃の私はもういないというのに。時々勘違いして、変わっていないように、もしくはすぐ続きかのように、当時の感情・感覚になって静止してしまうことがある。「まだそこにいるのか」と思う。思い出を大切にしている、ということではない。

 恋愛でも友情でも家族でも、最も伝えたいことはいつも伝わっていないと感じながらやってきた。別にそれでも事はうまく進むのだ。一番じゃなくてもそれ以外他に伝えたいことはいっぱいあって、それらはそれぞれに受け取られて、きちんとコミュニケーションできているのだから。それでも「どうして」でいっぱいいっぱいになったら、最も...が伝わらなくても諦めてしまう。自分で勝手にやる気をなくして、「いいの、これで」と言ってきているのに、またぶり返したように思い出す時、苦しさは変わらない。いろんなポイントで伝え損なったことを、そういう選択をした自分を、腹立たしく、苦々しく、思えてくる。

過去に戻れるとしたらいつがいい?と聞かれて。はっきりと決められない。戻らない方をとるかもしれない。いくつかは戻りたいと思いつく節目はあるけど、いつのどこに戻ったって、“私”としては、同じ思考をして同じ選択をして同じ結果を受け取ることになる気がする。全てが思い通りの人生じゃないから、結局、同じ悩みを抱え同じ行き詰まり方をして同じようにコレみたいなことを書き連ね出す、ような気がする。

新しい生活、新しい人間関係で、新しい刺激、それらがもしあれば、こんなに昔話を思い出さないかもしれないな。きっと、私が思い出す今まで出会ってきた人たちは、それができているだろう。ちゃんと続きの人生、あの頃の先の先という今に身を置いて、過去は過去として振り返ったり忘れたりしているんだ。いつまでも進まない昔話と自分語りのワゴンに、乗ったままひとり車酔いしているのは、私だけなのかもしれないな。

 

 

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