こんらん

脳内漏洩。怪我しないでね。(現在9月の記事、遡って更新中。)

話がしたい

話が噛み合わないのは、たぶん私の頭が良いからではない。(※頭は良くありません。)話し方が散漫でまとまりがないのと、スピードと情報量の均衡が取れず暴発しているからである。でも優劣はさておき、レベルが同じぐらいでないと話は噛み合わない、というのは確かにそうかも、と思う。それは成績とか信頼度ではない、同じフィールドの中、同じ濃度の中という感じで。

今となっては、徒労だったと思う時間たちがある。最中には気付かないものだ。私は適当だよ~と口では言いながら、見えないゴールに向かって、ステージクリアを目指して、必死だった。なんとか会話を成立させなければ、話せば解り合えると、無謀なまでに思い込んでいた。でも、無理だった。人間同士でも、話が出来ないという現実があるのだ。

それに、実は何度も繰り返しているということに、今は気付けている。私が“トラブル”だと記憶しているものは、大体が話が出来ない!(話にならない...)という結果であり理由だったのだ。別個体の人間なら前回を参照しない、とまるで初めから決めてるのかというくらいの学習能力の無さで、似たような状況に導かれては疲弊する。

傾向がわかっていても、対策はなかなか難しいものである。同じ濃度の中で、同じ熱量で話せる相手に出会うこと自体が稀。ほとんどは全ての条件が異なっていて、それでも譲り合って、妥協して、寄り添って、歩を進めていくっていうのが進行性コミュニケーションだろう。レベルで例えると、高い方が下りるって場合が多いと思う。でもそれも技術が必要だし、そもそもその差に、気付いてないものだから。「なんで話が噛み合わない...」と、「なんで」に心囚われて、一向に本来話し合いたいことに辿り着けない。

理解されたい人に、理解されないのは悲しい。何にも想ってなければいいのに、と思っても既に想っている関係性にあるからこその期待だ。0%でなければまだやれるはず、と希望を探すけど、どうやったってしっくりこない。文字通り、“お話にならない”事実があるのだ。

「好きだけど話が噛み合わない...」と繰り返す私の苦い過去たちにおいては、レベルやフィールドの違いに加えて、方向性の違いもあったと思う。ベクトルがお互いを向き合ってもいないし、同じ方向のその先も共に見ることができなかった。違って当たり前のそれらを“自分たち”に合わせて調整することができなかったんだ。

同じ失敗はしたくない、と毎回言いながら、繰り返してる。“稀”なんかに期待しないよ~とか言いながら、今度こそ...みたいな行動をしている。どうしても“ダメ”なこと、あるんだよ、と知ってから、意味を求めて反芻している。

 

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