こんらん

脳内漏洩。怪我しないでね。

普段から本物でいてよね

人間観察の徒然をば―。

人は「かわいくて〇〇」とか「美人だけど〇〇」とか「〇〇なのにかっこいい」みたいな、外見×〇〇っていうのが好きなんだな~と。〇〇はネガでもポジでもどちらでも、または意外性があるもの。ギャップ萌えって言葉もあるし、相乗効果ってこともある。外見が美しいだけでも素晴らしいのに、さらに○○である、実は○○なのに、こんなに可愛い、みたいな。ともすれば、批判や侮辱にもなりかねない言い回しも見かけるが、それだけ多くの人が理解できる事象なんだろうな。∧って魅力の追加なら褒め言葉の連立、butで繋ぐと前後どっちかをちょっと下げてるよね、あえて“欠けている”と見せることでより価値を際立たせるためか....。

私もギャップ萌えの嗜好あるし、その表現を理解はできる。時々「そりゃ失礼な言い方じゃない?!」って感じる時もあるけど、文脈とか関係性も含めて、当事者たちの問題だしね。あと、私の感じ方のせいなんだろうけど、その“組み合わせ戦法”にモヤっと来る時がある。

ひとりの人間の、いくつもある特徴・特性の一部分ってのはわかってるんだけど。紹介のされ方なのか、そのどちらも手を抜かない感に勝手に期待してしまっているのか、どこかに“中途半端”や“最低限を守りきれていない”所を見つけると、途端に全体に対してモヤ~っとなる。というか、なった。なんていうか、少し、残念な気持ちに。

工業系女子×かわいいとか、食品工場×おしゃれとか、医療×かわいいとか。そりゃもちろん素晴らしい外見だし、やっていることのイメージや性格も相まって魅力的に見えるし、見えるように演出もされて見せられている側の私、そんな私は実際かわいい人美しい人を見るのは好きだし。でも、危険作業であるのにロングヘアをまとめてないとか、衛生上の管理があるのに作業服を正しく着ていないとか、医療現場でこそ だろうにマスクやアルコール消毒の用法が雑だとか。そういうの、すっごくすっごく気になるの。クレーマーと言われても仕方ないだろうけど、やるなら“きちんと”してよって思っちゃう。緩くても何の問題もないなら最初からルールになってないだろうし、命に関わりそうな内容は特に注視しちゃう。「普段はちゃんとやってまーす」って盛り上がった後で言ってる人もちらほら見かけたけど、だったら最初にコスプレです、演出ですって示してくれたらいいのにな。何のために“正しくない自己紹介”をするの?って頭の中はてなだらけ。“本業”とか“素顔”と銘打って出されたあとに、突如本物の顔した“普段”を持ってこられたら、なんだか嘘吐かれた気分。

そういう冗談とかノリとかエンタメとか、解らないわけじゃない。(正直解らない時もあるけど。)新たな世界を見せるためのそういう切り口なのかもね、って受け取れる。でも「こんなにかわいい顔してこんな凄いことやってます!」って、そのどちらも“本当”だから魅力的なのではないかしら。本当にこだわるのは、私の“悪い癖”かもしれないんだけどさ。

専門職や職人さん的な人間が好きだから、その道のプロとして正しくあってほしい、という私のただのエゴかもね。画的にかわいいを追求してるなら、ばりばり演出してエンタメしてほしい。仕立てられた美も加工もどんと来い。でも真剣で純粋であればあるほど、普段の姿が一番かっこいいじゃんって思う。むしろそういうところに、私の思うギャップ萌えの世界は広がってるんじゃないって少しときめきを取り戻した。

 もっと気軽に楽しんでよって、何十回、何百回言われたかわからないけど、別に気重に考えてるんじゃなくて、元々の考え方だから。「楽しいならいいんじゃない?私はそこに居ないけど」って人間観察の度に齎される結論だったりして。

 

 

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