こんらん

脳内漏洩。怪我しないでね。(現在、時遡って更新中。)

ボーダーのあっちとこっち

前回で私のクズっぷりが多少紹介されたと思うのだけど、それはそれで、この現実を生きてしまっているの。どんな思想どんな感覚であれ、息はするしお腹は空くし何かを愛でるし自己嫌悪もするし、睡眠して覚醒して、生活を繰り返している日々である。

もうそろそろここでの暗ーい自分語り連載も辞めたいところなんだけど、思いつくことがもはやそれしかない固まった脳ミソなのか、偏ったナルシズムでもしや自己嫌悪業を続けたいのか、よくわからない。もしここまで全部読んだ人が居るならば、「ずっとこんなこと考え続けてるなんて、やべぇ奴...」とか思われてそうで、本意と違くて、なんかやだなぁ。そりゃあ実際頭の中はあーゆー思考で常にうるさいとは感じてるけど、普通に美味しいものを美味しいと思ったり、好きな歌手がいてその人の曲を歌ってみたり、恋愛したり、人間関係に困ったりしてるのだよ。明るい前向きなブログは書けない/向いてないって言ってたけど、無理しない範囲で、脳内展開以外の文章も書きたいとは思っている。

幸せ事を綴る“喜楽日記”っていう習慣は、ある一定の期間だけだったからなぁ。単に不慣れなだけかもしれない。あと意識が内向き過ぎるから、その実、あまり周りが見えてないというか。自分の内側と外側の間にボーダーがあって、元々内向時間が長い方だったが、最近さらに外の世界を観察する時間が少なくなった。この身に起こった現実より脳内の情報や記憶、思考に使う領域が多くなっている。外との関わりが極力ない今の生活では、当然だとわかっているけども。

外の世界をトラブルも含めて楽しめる人は人間のこと好きなんだろうなと思う。いいなぁ。私はあまり外に意識が向いてないわりには、思考や記憶とリンクするようなことには無駄に影響を受けてしまう。傷つかなくていいことにまで傷ついたり、意識しなくていいことも頭の中に留めておいたりね。

脳内じゃない、この身体の行う生活の中に、嫌なことも良いことも、ネガもポジも、たくさんあって、そこから愉快や安穏だけ取り出して綴ればいいと思うんだけども、なかなか難しい。どうしても頭の中を先に掬い取りたいって思っちゃうから。

いいこと選びもきらきら集めも、素敵だと思うけど、私っぽくない気がして、たとえ瞬間的な憧れをときめきとして説いたとしても、自分を納得させられない気がして。優しい言葉が綴れないのは、私自身が優しくないからだと思う。やればできるんだけどできない気がしてやらない、のではなく、できるできない以前に結局やる気が必要数を超えないってこと。“がんばって”陽キャのふりしても、がんばってる時点でまだ本物じゃないし、ナチュラルに爽やかな人間になるには...とか考えてる時点でナチュラルではなくなってるし。最初の方にも書いたと思うけど、“怠惰”で、“何もしない”ことが最優先事項だから、心の揺れに素直に“行動”するのはその次なんだよね。

宛先不明だから論点がふらついたり、筆が進まないのかもしれない。だからといって、対象なんてすぐに決められないんだけど。個人的な記憶と記録だから本来は自分の為だけど、私は一体誰に聞いて欲しいんだろうね、こんなにどうしようもない考え事を。それで何を思うのか、まだこれだけの文章量じゃ測りかねるかしら。

 

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