こんらん

脳内漏洩。怪我しないでね。(現在、時遡って更新中。)

なんでもいいならなんにもしない

自由に書いてきたつもりで、いつの間にか、自分で自分を不自由にしているのか。日常の発言だってそうだ。やりたい放題には己にも他方にもリスクがある、だからいろいろ注意しなければと、できる限りの自由で、ある程度制約の中でやろうとしている。でも必要以上に過敏になって、小心者になっているかもしれない。自由にやってるよ~と笑いながら、ひとりで勝手に縛って錘をつけて動けなくしているのかもしれないと思った。

私が今考えていること、ここに書くこと、ほとんどの人類が見聞きすることなく死ぬ。けれどもやっぱりリテラシーとかコンプライアンスとか、もっと個人的な心証だとかを、全く考えないわけにもいかない。だから本当の正直とか、歯に衣着せぬ本音とかとは、ちょっと違うと思うし、自由と言いながら全て開けっ広げのFREE!というものはここには存在しないだろう。信条としてALL OKやNo borderと言いたいのだが、ままならないことはある。それを含めてのいろいろを書けたらと当初から思っているのだが、自分の脳内を未だ整理できぬまま、ほら、まただらだらと書き連ねているし、これがまた断続的だ。

「やりたいことを」と常々人から言われて「(好きなように)やってるよ」と応えているけど、本当にコレがやりたいことなのかはわからない。実際なくても困らないような気もするし、義務感ほどの熱量が...あるかしら。突き詰めると私にあるのは睡眠欲だけで、他は無いなら無いで諦められるものだったりして。その場合自分でも面白みが無い!と思うけれど、果たしてね。現実、まだ失ってないもの、失えないものが多々ある私は、きっと幸せ者なんだろうな。睡眠は生命活動から半分逸れかかっているという人がいたけど、それ聞いて確かになと思った。「寝ようと思えばいくらでも寝れる」と言っている私は間違いなく活動から逃げているのだし、もっともやりたいことが逃げだったり休みだったり停止だったりするのかもしれない。「それ以外で」と求められてもわかりやすく追加できないな、特に今は。

ルールも条件も、がんじがらめは窮屈だけど、同時に手取り足取り導かれることもできた。「なんでもいい」やら自由やら、すぐに憧れてしまうけれど、根拠のない自信すらない自主性の迷子は、右往左往どころかまず立ち上がることもできない。「自由だ~」なんて喜々とするのは一瞬で、あとは手の届く範囲で...と勝手しては不自由を嘆いている。「うまくやれてる」なんてのはほんま勘違いかもなぁ。「あれ?私の“全て”って、私の言う“本当”や“本音”、見せてもいい“ありのまま”って、こんなんやったっけ?」わかんなくなってきた。なんて今更、自分のものにしきれていない気持ちが、まだ綴れずに出口にこびりついてるのかもしれない。

 

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