こんらん

脳内漏洩。怪我しないでね。(現在、時遡って更新中。)

星はすごく遠い

状況は、停滞しているようで実は悪化しているのかもしれない。何もしないでいると、立ち位置は一ミリも動いてないけれど、時間を経た分その質は落ちているのかも。手間隙かけて、熟成させているのとはわけが違う。ただ流れているものを手も触れずに見ていることで、生き続けていると胸を張るのは無理がある、と私は思う。「そういうの、本物じゃなくて」なんて言って、じゃあどうしてその方向を“選択”したの?って、自分と自分の問答まがいの言い訳は続く。

縛られることが嫌いだ。でも指示待ち人間だとも思える。地味な作業も苦痛じゃない。でも集中できるかどうかはモノによる。私の身近になればなるほど、私の意向を汲むべく考えてくれて、でもそのアドバイスが私に本当に適合しているか、自分自身がわからない。「あれもあるよ、これもあるよ」と沢山の選択肢が提示されることは決して悪くないけれど、私はそこから最適なひとつを選ぶどころか、いくつかに絞ることも、全部を味見して知ったかぶりすることも、度胸がなくて、できない。やりたくないことを「それしかできないから」とやり続けるのは苦しいことだけれど、やりたいことも「私にはこれしかないのだから」と思うことも無しで、何もできていないのも、それなりに苦しいよ。「世界は広い。未来は明るい。」なんて言われてもさ、うん。としか言えないんだよ。だだっ広い平原にぽつんと立っていて「こんなに美しいものが目の前にたくさん!」と言われて、確かに見えていることも、数あることも、そのどれに集中するのも自由であることも、わかっている、わかっているけれども、どの星にも触れられないんだ。

「そんなのは本来の君じゃない」と言えるのは、“本来”を知っている神様だけだ。尤も、神様という存在がもしいたとして、そして全知全能である場合、だが。「なんでもできる」を人に贈るとき、それは信じているからかそれとも逆か。投げやりともとれるし、いい意味で適当ともとれる。きっと命令よりどんなにか親切だろう。そうしてそれを打ち消すように、できるかできないかじゃない、やるかやらないかだ、なんて基本に立ち返ったようなこと言って、また怠惰を貪ってる。人間はいくらでも口だけになれるね。神様より。

びびってるとか、臆病とか言われると、割と心外な気がしてる。どうだろう、今びびっているのかな、私。億劫とは思っているけれど。何かを、何もきっかけ無しに決めてしまうことが、面倒ではあるけど怖くはない。小心者ではあるから、事前の心配性はどこでも発動するけど、過去には戻れないから と、いざという時が来れば早々に諦めてる。びびって尻込みしてる時間はほぼない。ただただ面倒だと頭掻いてるだけだ。そういう所は他者から見て、外側からは推し量りにくい内心だろう。

 

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