こんらん

脳内漏洩。怪我しないでね。(現在9月の記事、遡って更新中。)

書かなくて

ここ数年は年賀状を書いていない。出す相手もいないし。なんだったら「あけおめ」すら言わないかもしれない。数人と生存確認のためのやりとりぐらいはあるだろうか。今まで印刷の年賀状は作ったことない、いつも手描きだったから。子供の頃は相手が多いほど面倒くさがりつつも楽しかった。学校に行かなくなってから出す人数も来る人数も減ってきて、夢中な時は絶対書かなきゃ、みたいに思ってたけど、反動なのか、やらなくなると全く何もしなくなったし気にも留めなくなった。元々“絶対”ではなかったということかもね。今は絵の上手い親戚のハガキを見ることだけが毎年の楽しみで、LINEで少し皆が生きていることが伺えれば、それで十分だろう。

絵を描くことがあんなに好きだった子供時代。どんな色を選んで、どんなことを描いていたのか、今はほとんど思い出せない。絵も字も上手なじいちゃんに褒められることが嬉しくて描いていた。「うちの家系でじいちゃんの“描画系”を継いでるのはアンタだけや」と言われて育った。実際上手いかはさておき、そう言われるのは誇らしかった。今でも夢にじいちゃんが出てくると嬉しい。(何か言いたげな時期に登場することが多い。)ちなみに私の字は全然綺麗じゃなくてコンプレックスなくらいなのだが、“書く”ことも“描く”こともそのこと自体は好きなのだ。じいちゃんが残したものを見ると、習っとけばよかったなぁなんて思うけれど、たぶん“習う”ような関り方じゃなかったんだよな。小さな私はその膝に座って、チラシの裏に黙々と謎の絵を描いていた。ひらがなの練習もしていたかな。頭の後ろから優しい声で「うまいうまい」と呟いて、そっと見守っている、そんなじいちゃんだった。そんなことを思い出すとなおさら申し訳ないくらい、今は絵も描いていない。成長してから、年賀状こそが手描きをする貴重な機会だったのに、それもやめてしまって。前に、文通をしたり、チェキや写真にお絵かきしたり、ペンを長時間握っていた日々がもはや懐かしい。決して上手とは言えなくて、時にサボりたくなることもあったけれど、ちゃんと“私”を表現している気がしていた。

また年賀状を再開する日が来るかしら。“そういう”交友関係が始まればあるいは。こんなにもペンを持たなくなることも、友達がいなくなることも、全く予想していなかったけれど。でも、これが本来の私よ、と言い切るには証拠不十分かもしれない。コミュニケーションに関わる“書く”“描く”ことの行為を、拒絶してやめているわけじゃないから、またやる気が出る日が来れば、また夢中になれるのやも。何にせよ、それ以外の、例え未知の領域でも、“描画系”を始められたなら、またじいちゃんを思い出せる気がしている。

 

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