こんらん

脳内漏洩。怪我しないでね。(現在9月の記事、遡って更新中。)

Not understanding

自分、出来もしないのに完璧主義っぽいところが嫌だ。思いつきから実行までが遅いのは、やるかどうかを迷っているというより、準備が整うまでが長いということだ。現在進行中のことを途中で投げ出せなかったり、思いついた順番通りに始めて、テンポよく進めたいと思っていたり。何事も完成しないのでその辺は未知だが、とにかく過程を整えたい、それでこその満足いく結果だ、と思い込んでる。結局、完成にも満足にも到達できたためしがないので、何もかも停滞し、または何も新しいことは始められずに、どうしようどうしようばかりで、全く学習していない。

自己分析をしてみても、ちっとも活用できていない。「やる気を出せばあなたは強い」と言われたところで、「ではやる気を出すにはどうすればいいの?」との疑問には誰しもノーコメント。これまでたくさん人に助けてもらってきたけれど、ここまで来ると皆どうしようもない感じ。何の文句も言えた義理じゃないけど、自分だってお手上げで、転がり続けるだけだ。

偉い人から見れば、我慢が足りないのだという。人から強いられることに対してではなくて、自分との闘いにおいて。違和感に耐えて、苦手なことにも負荷にも向上心の無さにも耐えて、焦燥感にも変化の無い現状にも変化させない不甲斐なさにも耐えて、それでどうにかこうにか「ちゃんとやってる」って言えるのだと。まぁ自分のことを「ちゃんとやってる」なんていうつもりは全くないよ私。「ちゃんとやれてない」って自覚あるし。だから人にどうこうしてもらおうなんて端から無理なのも知ってる。きっとこの開き直りみたいな態度が、やる気の無さが、「間違っている」ってことなんだろうね。すみません。だからどうしたら...っていうのが話の始まりだったんだけど、これはどうも堂々巡りだね。

達成感を知らないのだから、完璧なんて見たこともないものを目指すの、やめたらいいのに。って自分に何回も唱えてる。自信を持って振る舞えないのだから、少しでも他人の目に留まるところに“自分”を据えるの、やめたらいいのに。って自分の声で耳にタコできるんじゃない。一日とて同じ姿ではいられないのに、咲いてない花を、咲かないかもしれない花を、在る前提であれこれ考えるの、ほんと無駄な時間だよね。慎重派なのに大雑把、誰もそれを褒めても貶してもいないのに、自分ひとりで「良い?悪い?」「正しい?間違い?」てうろうろしている。脳内の省エネがなかなか叶わない部分のひとつね。

ただ、どうしてもそういう思考が止まらないときは、ただひとつ考えるの。「どうせしんだら、なにもない」いつか完璧に仕上がろうが、中途半端だろうが、しんだらそこで終わり。そう思うと「あ、そっかー」ってループから少し抜け出せる気がするの。

 

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