こんらん

脳内漏洩。怪我しないでね。

無気力とBuddy

いよいよ集中力を失ってるなと思う。特に追い込まれたりしなくても、好きなことには夢中になれるものだよというけれど、気持ちはあるのにやる気がおきない、身体も起き上がらない。ブログひとつ書くのにも、度々気が逸れて中断している。目的のある離席ではない、ただ意識が、視線が、他所へ向いている。やりたくないわけじゃないし、ずっと座っていることが苦痛でもない。けれども頭の中ではうろちょろしている。なかなか先へ進まない私。

引っかかることを少しずつ、解していきたい。けれども、のめり込んだらしばらく戻ってこれないほどのものと、あれもこれもと同時に目に入るもの、あとは私自身の鈍くささも相まって、一日24時間でも案外足りないくらいだ。いつも暇そうと人はいうけれど、それは私の動きが普段からのったりしているからだと思う。こちらからすれば、みんな倍速で動いてるぐらいに感じるんだよね。特に母。これは性格だろうけど、たぶん私と比べて仕草が3倍速くらい。きっとそんなに速い必要もないが、私ほど遅い必要もない。ということで、集中が切れて移り気なのもあるけれど、ひとつひとつの動作と全体の流れ共に遅いから、実は全然時間足りてない(と思っている)。

何か今までしたことのない方法で集中力を鍛えねばならないだろうか。といっても、その時間さえ惜しいと思ってしまいがちなのだが。とにかくやらねばと思っていること、それでなければ単純にやりたいことをやって、状況を動かさないと、と思ってしまう。でも結局思い通りには何もできていないし、「なんもやりたくない」がやっぱり本音なのだ。やりたいことをやるのも面倒くさい、面倒くさい気持ちを抑えるための訓練がまた面倒くさい、面倒くさいと考えることももはやメンドクサイ...。何もかもをそう思い始めたら、全てを放棄したら、「それは死んでるのと同じじゃないか?」、そう言われても、「だろうね」「みたいだね」「そうだね」それしか言えない。どう返答するのが正解なのかすら、よくわからないんだ。

そもそもこんなもんだったのかな。子供の頃から、無気力だったかな。自分ではよく思い出せないけれど、集中にムラがあったことは確か、な気はする。(でもそれって子供なら誰でもわりとそうじゃない?異様に集中力のある天才児くんみたいなのがたまに居るだけで。)現在の考え方になってから結構長いと思うから、いつからこうだったかはもう思い出せないな。「大人になってもずっと仲良しだよ。―うんっ。」と友達と笑って話していながら、「まぁ大人になるまで生きる気ないし」と脳内の別の部屋で思っていた。ひねくれてるね。これから来る困難に逢いたくなかったんだと思う。それと引き換えにその時を目一杯楽しむことも、頭空っぽにしてはできなかった。やる気なく、でも今よりはまだ能動的に生きていたね。ということは、やる気なくの部分は大して変わってない、ってことかな。集中力も元々あった量から減り続けているのかもしれない。発動するポイントを失い続けているのかもしれない。

 

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