こんらん

脳内漏洩。怪我しないでね。(現在、時遡って更新中。)

大きく揺れないと視界が狭い

「感情がないの?」と言われたことは何度かある。いやいや、あるよ感情、たぶんだけどね。でもそう言わせてしまう、態度や雰囲気、発言があるのだろう。最近だと、起伏は少なくなったなと自分では思う。好きかと聞かれて「大好き」と口に出すことはまぁ無い。「大嫌い」は実際存在しないからそのままを言っているだけ。ものすごく楽しいこともものすごく悲しいこともない。喜んでも3秒後には真顔だし、怒りが一番滞留時間が長いのかもしれないけど、それもだんだんとただの不快に変わるだけで、激しく暴れることはない。感じないわけじゃないけど、振り幅は小さくなったなーと思う。

好かれたら「嬉しいよ。ありがとう。」嫌われたら「わかった。残念だね。」それだけなんだよね。だから“それは望んでない”人を自分に、人生に付き合わせることは、なんだか申し訳なく感じる。人間は呼応を欲しがるものだと思う。決して両思いだけではなくて、相反するものだとしても、望んだ形でなくても、自分の感情や“出してるもの”に対して、何らかの反応が欲しい、と思ってる。無関心が一番つらいよな。効用が強くて、時に攻撃的で。“それ”に近づいてるな、と最近の自分を考えると、社会をなんとなく心地悪い場所にしているのは自分自身だし、人間面倒くさいなーに拍車がかかる。

外からの刺激に、笑ったり泣いたりできる。そこはまだ失っていないけど、音楽も本も好きなのに、なんだか進みが悪い気がする。カラオケにもう長らく行ってないからきっと声量が人生最低レベルだろうし、お気に入りしか並んでいない本棚から、引き出して一冊読み切っても、なんだか満たされない。ネイルも香水もアクセサリーも服も、私の物なのに私の物じゃないみたい。ここは私の家だけれど、このスマホの名義人は私だけれど、自分は間違いなく自分なのに、私、ではないみたい。だから感情の動きもね、珍しく大きく動いた気がしても、それは自分事じゃない感じがして、冷めてる私もいる。人間関係とか、本人以外では証明不可能なことを、自分でもよくわからないと考え始めて、まるで他人のドラマと向き合ってるような気分なんだ。

私がここにだらだらと書いているこの様子、情緒不安定のようでもあるし、逆に一定のネガティブを貫いているとも感じる。常時穏やかではないのだけど、延々と低空飛行を続けているような。感情的に振り回されないのは体力気力共に楽ではあるけど少し寂しいかな。人の望むような反応ができなくて落ち込むことは無いけれど、このままでいいのかな...とは考えるね。私の自由を尊重しようとする人が居れば居るほど、私が縛っているものが増えていくみたいでしんどい。

 

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