こんらん

脳内漏洩。怪我しないでね。(現在、時遡って更新中。)

bitter sweet bitter

昔の日記読み返してまた苦しくなっちゃった。たまに、何書いてたかな~って気になって見ちゃうんだよね。そして大体気分良くはならない。楽しかった思い出の記録として書いてた経験がほとんどないからね。最初からモヤモヤを吐き出す場所としてブログに出会い、以降同じようなことしかやってきていない。キラキラ(に見えたであろう)な時はほんの一時の特殊な場合のみ。大概どの側面から見ても、私が発信するものは内向きで暗くて乱雑だ。小学生の頃の初めてのインターネットコミュニティからあんまり変わりない。当時やりとりしていた子たちはみんな“まともな”大人になっただろうか。私だけ取り残されている感があるが、真実は永遠にわからないだろう。

時が経って振り返れば、やっと自分でも思うが、「いつも苦しい人生やな」と人に言われる。エピソードの多くを見てきた親友にも「いっつも悩んでんな」「自分(親友)との約束よりも優先された恋人といても、お前はいつもしんどそうだった」とか言われたり。(辛辣ゥ!)どんなにいい出会いがあっても、私がおかしくしてるんだと思うよ、と言い返す。いい素材でも、料理してあげる私がこれじゃあね...って、そう思って受け流しているの。

辛い出来事が多かったとか、波乱万丈な人生だということじゃない。私の中だけでの問題だ。「苦しい、ツライ」はただの感情であり、私が“勝手に”思い巡らしては、感情に飲み込まれていくだけだ。他の人なら上手くやれたのかもしれない、あの時も、あの時も。傷つく必要もないのに、認識が甘く自ら飛び込んだ結果かもしれない。楽しい時間より苦しかった瞬間ばかりが思い出されて、私本体はさほど苦労してないのに、気持ちはもう何周も彷徨っている感覚。それが事実でも、被害妄想であっても、あまり差は無い。

ブログに人生や思ったことを丸々全部書くわけじゃないけど、全く正反対のことは綴らないポリシーだ。脚色や矛盾はちらほらあるとしても、全く知らない人生、思ってもないことは書けない。そうやって構成されたものたちのうち、人間関係についての多くは恋愛関連だと思う。家族と友達関連もちょこっと。学校や課外にも行かず属したコミュニティがあまりにも少ないし、知り合う人数・長時間を共有する人数は平均以下だと思う。人生の転機にはいろんなバージョンがあるが、私の場合その多くが恋愛上にあるのだろう。だから、日記にしても、物語にしても、思いの吐露にしても、その時の恋愛感情がとても影響している。これは別に誇らしいことでもないな。むしろ恥ずかしい。そうやって振り回され続けても学習せずにまた影響を受け続ける自分が。毎回、総括として「人を信じられない・人の為にとも思わない・人の気持ちがわからない者が、恋愛で幸せになれるわけあるまいよ」とケリをつけたつもりでいるのに、すぐ、忘れて繰り返す。もう大部分を占めてきた、感情であり記憶だ。今更交換もできないんだろうね。

 

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