こんらん

脳内漏洩。怪我しないでね。(更新停滞中。)

彼女は私だけれど、私は彼女じゃない

情報量の多さに疲れてしまうことが増えてきたが、対して他者を眺めることをやめたりはしない。わざわざ思案の種を探しに行っているあたりが、現実逃避そのものだと思う。とはいえ、私も進んで不機嫌や不愉快になることを望んでいるわけではないのだ。

ここに来て、身近な付き合い・リアルと、オンライン世界を分けようと決めた。内容について必要以上に考えすぎたり、感情移入しすぎて苦しくなったりというのは、多少意識して見に行かないようにして落ち着いてきていたが、今度はオフラインの繋がりやリアルで会ったことのある人の日常を見ることが、胸がザワザワしてしんどくなってしまった。全ての人にその人の人生があって、生活があって、オンラインへの接し方や価値観があって、それは自分でも同じことだから、落ち度も何も無い、通常のことなんだけど。それがその人を構成する一部分に過ぎないと、わかっていても、日常を見せられるのがツライ。私自身の変なプライドの高さ、自己肯定感の低さのせいもあると思う。相手に何の非もないことは、どの角度から見ても明らかだから、とってもとっても心苦しかったけれど、リセットした。(もちろん連絡先を削除とかではなく。あくまで“公開された日常”を見ることを辞めたということ。)しんどい理由.....例えば、見てしまった“幸せ”と同じものを望んでいて手に入っていないということではないの。別に望んでいない。それに、好きな人たちが幸せそうにしているのは喜ばしいことだ。生身を知っているからこそ本気で思っているし、いち人間としてみんな勝手に幸せになれ、と思っている。それでもどうしようもなく苦しい。オンライン上でしか知らない人だと少しファンタジーとして受け止められるところも、リアルの間柄ではどれもこれもしっかり現実で、私の方から離れなくてももう既に相手の方から距離をとって違う世界にいるようで。

生身の私を知っている人に、“私を見せる”ことに、ちょっと嫌気が差してきたってこともあるかも。インターネット上に存在を構えた私であれ、実際に触れられる私であれ、世の中的には同一人物なんだけど、それぞれ別物のように捉えて欲しいという願望。ネット上の私に関わりたい人には、素性は知られたくないし、私の顔や年齢や住所を知っている人とは、ネット上でやりとりできなくても構わない。“裏の顔”みたいな存在だとしても、本当にカードの表裏ではなく、別々の人格って感じに思ってるし、思って欲しい。(あくまでこっちの都合だけども。)

まぁ別々、とは言いつつも、これを書いてる私は“一人”だし、両者の性質もさして変わらない。要はただの“気の持ち様”なのだ。私が本名も明かさないし、すっぴんも晒さないのは、いくらSNSパスワードを知っているのが“私”だとしても、そこで記録または記憶される名前も姿の画像も“私じゃない”と思いたいからだ。ひとつはっきりしているのは、どちらにしても、“その世界で”見えるものだけを見ていたいということ。幻想は幻想のままでいいし、現実は現実のことだけ考えていたい、今は。

ネット上の活動が、現実に影響をもたらすってことは大いにあるよね。逆に現実の行動として立ち上げたネット上での居場所がなくてはならないものになったりもする。画面の中の自分と、画面の外で操作する自分が、相互で影響しあってちゃんと同一人物をやっている。むしろそれが普通なのかな?うーん、私にはできそうにない。成り行きで自然にそうなるとしても、どうしてか分断したい欲が出てきちゃう。分けて、変えて、その結果一方の自分を忘れられても、“その世界”の私だけを意識していてって思っちゃう。

リアルで繋がっている友達や恋人や家族には、申し訳ないけど“こういうところ”での私に関わろうと思わないで欲しい。不可抗力でタッチしちゃうことはあるとしても。正反対の性格とまでは言えないけれど別人だとしているのに、リアルと結び付けられるのがなんとなく嫌で、上手く言い訳もできなくて苦笑いしか出ない。

電話やLINEがあるじゃない、なんなら会いに来てくれていいよ(自分から行かないのは怠惰の都合)、そういう関わり方で知れた分だけ、それがその世界の“私とあなた”。SNSで多数に公開された自分、切り取られた言葉や画像や声などから構成された自分、そういう欠片を寄せ集め、完全には全く足りない、それがこの世界の“私とあなた”。住み分けとか演じ分けとか、そんな器用なこと出来ないけれど、どうか過ごしやすさを模索している最中なので、向こう側の私に気づいても、今は知らんぷりしてくれると有難い。です。

  

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